福岡地方裁判所久留米支部 昭和63年(ヨ)68号 判決 1989年8月09日
債権者
緒方秀樹
右代理人弁護士
内田省司
同
馬奈木昭雄
債務者
善導寺運送株式会社
右代表者代表取締役
古賀大
右代理人弁護士
末啓一郎
同
小代順治
主文
一 債権者の申請をいずれも却下する。
二 申請費用は債権者の負担とする。
事実
第一当事者の求めた裁判
一 申請の趣旨
1 債権者が債務者に対し、雇用契約上の権利を有する地位にあることを仮に定める。
2 債務者は債権者に対し、昭和六三年五月一六日から本案判決確定に至るまで、毎月一五日限り、一か月金二五万九四六八円の割合による金員を仮に支払え。
3 申請費用は債務者の負担とする。
二 申請の趣旨に対する答弁
主文同旨
第二当事者の主張
一 申請の理由
1 当事者
(一) 債権者は、昭和六一年三月から、申請外水永剛は同六二年一〇月から、いずれもトラック運転手として、債務者に雇用されていた者たちである。
(二) 債務者は一般区域貨物自動車運送業を目的とする会社である。
2 解雇の意思表示とその経緯
(一) 債務者は債権者に対し、昭和六三年四月一八日付で解雇の意思表示をなしたが、その経緯は以下述べるとおりである。
(二) 債権者及び水永(以下債権者ら両名という。)は、債務者内に組織されている全日本運輸一般労働組合筑後地域支部善導寺運送分会の組合員であり、債権者は会計、水永は執行委員の地位にある。
債務者は、同者従業員による労働組合づくりの当初から、労働組合つぶしの不当労働行為をなし、現在も右労働組合員らに対し、「運輸一般をやめるか、会社をやめるか」と迫るなど、違法な労働組合攻撃を続けている。ちなみに、債務者は右労働組合分会長である佐藤吉信に対し、昭和六三年三月一〇日、組合活動、特に分会結成の準備を行なったことを理由に解雇通告をし、これに対し、同人が当庁宛地位保全の仮処分申請をなしたところ、債務者は、これが余りにも乱暴な不当行為であるため、同年四月一六日右解雇を撤回した。
本件解雇通告は、このような、債務者による不当労働行為が続く中でなされたものである。
(三) 本件解雇通告の前日である昭和六三年四月一七日、債権者ら両名は債務者より、久留米市農協合川集荷所でトマトを集荷した上、大阪の市場に輸送せよとの業務指示を受け、同日午後四時頃、右集荷所に到着し、輸送用のトラックに紙箱入りのトマトの積込み作業に着手することになった。ところで、トマトを積込む場合は、何段もかさねると重みで、トマトがいたむため、トマトが入った紙箱三箱の間毎にベニヤ板を挿入するのが、常であり、債務者も従業員にたいし、当然のことながら「商品は大切に管理せよ」と日常指導しているところである。
そこで、債権者らは、右積込みに立会った農協職員に対し、「ベニヤ板はありますか」と尋ねたところ、同職員の宮崎らは「今日は置いていない。あなたがたはプロだからベニヤ板がなくても六段位は積んで走れるでしょう」と言い放った。債権者は、農民が大切に育てたトマトを大事に運ばなければいけないのに、農協職員は、積込ませてしまえばあとは全く責任がない、トマトを大切に輸送させようという気持ちがないと受け取ったため、「その言い方は何ですか」と一言述べると、右宮崎は、「もう積まなくていい」と言って、その場を離れ、債務者宛電話をかけに行った。その後、約二〇分して債務者より、ベニヤ板が届けられたため、債権者らはトマトを積込むことになった。
尚、トマトやイチゴの積込みの際に使用するベニヤ板は、債務者の方で用意しているが、継続的な取引のある集荷先には債務者のベニヤ板が通常置いてあり、債務者よりベニヤ板を用意していくようにとの指示がない場合は、従業員はトラックのみ持込むことになっており、今回の場合も、債権者らは当然集荷所にベニヤ板があるものと認識していたものである。
その後間もなくして、債務者代表者が、右農協事務所に来て、債権者らをしかりとばし、その後債務者事務所において債権者らに対し、「大阪への輸送はしなくてよい、自主退職するもよし、解雇通告を出すもよし、とにかく明日保険証を持って、出社せよ」と申し渡した。
右指示に従い、債権者ら両名は、翌一八日出社したところ、債務者より、「会社の信用、対面を著しく失墜させた」ことを理由に、債権者ら両名を解雇する旨の通告を受けた。その際、債務者は債権者ら両名に対し、一か月分の給料を渡そうとしたが、債権者ら両名共に解雇通告を不当と考え、これを受領しなかった。その後、債務者は債権者ら両名の各銀行口座に解雇予告手当の趣旨で、賃金一か月分相当の金員(債権者緒方につき、金二五万六六二〇円、水永につき金二〇万八五〇〇円)を振り込んでいる。
尚、債権者の過去三か月の平均給与月額は、金二五万九四六八円であり、右振込金員とは若干の差異がある。
3 本件解雇は無効
(一) 不当労働行為
債務者は前記のとおり、債権者ら両名らが加入する労働組合を敵視し、組合結成から今日に至るまで、ことごとく団結権侵害や、労働組合員であることを理由とする不利益、差別的扱いを続けている。
本件解雇は、債権者らが、運送品の安全管理を期しての、ベニヤ板の必要性について当然の訴えを口実としたもので、何等解雇理由とはなりえないものであり、債務者の真の動機は債権者らが、労働組合員であり、かつ両名ともに、分会役員であることの故をもっての解雇であるというべきであり、労働組合法第七条一号に該当し無効である。
(二) 解雇権の濫用
債務者が本件解雇理由としている、トマト集荷先の農協職員との間のベニヤ板の必要性を巡る論争も、元はといえば、債務者がベニヤ板を事前に準備せず、或は、債権者ら両名に、準備するよう適切な指示をしなかったことに、基因するもので、その責は債務者が負うべきものである。従って、債権者ら両名の顧客先での前記の如き言動をとらえて、「会社の信用を著しく失墜させた」としての解雇は、正当な事由あるものとは到底いえず、解雇権の濫用として無効である。
4 債権者の給与
(一) 債務者は従業員に対し、毎月月(ママ)締めの翌月一五日払いで給与の支払をしている。
(二) 債権者は債務者より、昭和六三年一月分、同年二月分、同年三月分として、それぞれ、金二三万七六九八円、金二四万七五〇九円、金二九万三一九七円の支給を受けており、右三か月間の平均給与月額は金二五万九四六八円である。
5 地位保全の必要性
債権者は妻、子を抱え、債権者の給与のみで家族の生計を支えているもので、右収入がとだえれば、一家は路頭に迷わざるをえず、緊急かつ完全な保全の必要性があることは明白である。
尚、前記のとおり、債務者が解雇予告手当の趣旨で、債権者ら両名の銀行口座に振り込んだ各金員を、本年五月分の賃金(仮払)として受領したうえ、申請の趣旨記載の裁判を求める。
二 申請の理由に対する答弁、反論
1 申請の理由1の各事実は認める。
2 同2の(一)の事実中、債務者が債権者に対し、昭和六三年四月一八日付で解雇の意思表示を行なったことは認めその余は否認する。
同2の(二)の事実中債権者ら両名が債務者内に組織されている全日本運輸一般労働組合筑後地域支部善導寺分会の組合員であること、債権者緒方は会計、水永は執行委員の地位にあること、昭和六三年三月一〇日に、債務者は右労働組合分会長である佐藤吉信に対し、解雇通告を行なったこと、同人がこれに対し、当庁宛地位保全の仮処分申請をなしたこと及び債務者が本年四月一六日に右解雇を撤回したことはいずれも認め、その余はいずれも否認する。
(反論)
債権者は債務者から「違法な労働組合攻撃」があったと主張するが、かような事実はなく、この点に関する債権者の主張は事実に反する。債権者が「違法な労働組合攻撃」の一例として挙げている申請外佐藤の解雇は、同人が事実に反し債務者会社を誹謗中傷したことによるものであって、何等不当なものではない。
そして、その解雇の撤回は、債権者が主張しているように、右佐藤が仮処分申請をしたことによるものではないことも、いうまでもない。事実は、右佐藤が債務者に対し文書により反省の意を表明したことにより、罪一等を減じて解雇を撤回したものである。この事実は、債務者会社と右組合との協定書に明記されているのであるから、債権者もその事実は十分承知しているところである。
したがって、右佐藤に関する債権者の主張は故意に事実を歪曲するものである。
同2の(三)の各事実中、本件解雇通告の前日である昭和六三年四月一七日、債権者ら両名は債務者より、久留米市農協合川集荷所でトマトを積み込んで、大阪の市場に輸送せよとの指示を受けたこと、同人等は、同日右集荷所で輸送用トラックにダンボール箱入のトマトを積み込む作業に着手したこと、トマトを積み込む場合には、何段も重ねるとトマトが痛むので、トマトの入ったダンボール箱を三箱づつ梱包したものを三段重ねた上に、ベニヤ板を敷かなければならないこと、債務者が従業員に対し、商品は大切に管理せよと日常指導していること、ベニヤ板は債務者で用意し、継続的な取引のある集荷先には債務者のベニヤ板を置かしてもらっていること、同日債務者会社代表者が右集荷所に行き、債権者ら両名を叱ったこと、その後、債務者事務所に於いて、同人等に、退職するか解雇されるかの選択をして翌日保険証を持ってくるように求めたこと、翌日債務者は債権者ら両名に、「会社の信用、対面を著しく失墜させた」ことを理由に解雇する旨通告したこと、その際、解雇予告手当として、債権者緒方に金二五万六六二〇円、水永に金二〇万八五〇〇円を交付したこと及び(これらの金員を債権者両名は解雇予告手当として異議なく受領し、その後、その金員を債務者会社の運行管理部長に贈与する旨表明し、同部長の机上に置いて帰ったが、同部長は受領するわけにはいかないと考えて、)右各金員をその後債権者ら両名の各銀行口座に振り込んだものであることはいずれも認め、その余はいずれも否認する。
(反論)
債権者らが主張する合川集荷所での状況は事実と全く異なっているものである。事実の概要は以下の通りである。
債権者ら両名は昭和六三年四月一七日午後五時頃右集荷所に到着した。この日、同集荷所の入口横に債務者会社が置かせてもらっているベニヤ板はなくなっていたが、それは到着して見ればすぐ気がつくことであるので、債権者らは、会社に連絡してベニヤ板を持ってきてもらわねばならないところであった。
現実に、これまで債務者会社の従業員が、合川集荷所に赴いて、ベニヤ板のないことに気がついた場合は、例外なく債務者にベニヤ板を持ってきてくれるよう連絡していた。しかし、債権者らは、何等の連絡もしないままにトマトの積みこみを始めた。同集荷所の職員は、当初債権者らが当然ベニヤ板を持ってきているものと思っていたが、債権者らは、ベニヤ板を敷かずにトマトの梱包を積み重ねていたのである。
合川集荷所でのトマトの積みこみには、トマトの梱包の三段目にベニヤ板を敷くよう、久留米市農協から要請されており、債務者会社はこれまで、例外なくベニヤ板を敷いて積みこみを行なっていた。その積みこみは、債務者会社の従業員が責任を持って行なっていた。
トラックの荷台は高いため、債権者らの仕事ぶりは下からよく見えないのであるが、その様子から、ベニヤを敷かずに積んでいるのではないかと訝しんだ同集荷所の職員が、念のため、ベニヤ板を敷いて積むように声をかけたところ、債権者らは「ベニヤ板はもって来ていない。ベニヤ板はそちらで用意しろ。」等と言い放った。同職員がこれに注意したところ、逆に債権者らは、同職員に食ってかかったのである。
同職員は、これら債権者には相手にならないようにして、債務者会社に債権者等の言動について厳しく抗議した。債務者会社は、すぐベニヤ板を持っていく旨こたえた。
債務者会社からベニヤ板の届くまでの二〇分以上の間、債権者らは、会社にベニヤ板を持ってくるよう連絡するまでもなく、何もせずに時間を潰していた。
右の債権者らの言動は、荷物を安全、確実、丁寧かつ迅速に輸送するという運送会社の使命に反することであり、会社の信用・体面を著しく失墜させるものである。したがって、右各行為は、就業規則第四〇条九号及び一三号に該当するものである。
次に、債権者らに対する解雇通告の状況についても、債権者らの主張は事実に反するものである。
同年四月一八日、債務者会社の運行管理部長は、債権者らに対し、自主退職するのか、解雇されることを選ぶのかを聞いたところ、債権者らは、解雇してくれとのことであった。
そこで同部長は、就業規則第三八条四号の規定による解雇予告手当を支払うことを告げたが、債権者らは「銀行に振り込んでくれ。」といって受け取ろうとしないため、同部長は「賃金ではなく予告手当なので銀行振り込みにはできない。」と告げ、受領を求めたところ、債権者らはこれを受領し、金額と「解雇予告手当」と書いた領収書を同部長に交付して一旦は退社した。
その後、債権者らは、会社事務所に戻り、その金員を会社に返すことを申し出たが、右部長が一度渡したものは受け取れないと断わったところ、「では、少ないけど部長のお小遣いにしてくれ。」と言って、その金員を同部長の机上に置いて帰った。同部長は「小遣いにしてくれ。」という以上、債権者等は、解雇予告手当の受領を認めたものと考えたが、これを受領するわけにはいかないと考えて、右各金員をその後債権者ら両名の各銀行口座に振り込んだものである。
3 同3の事実は否認し、主張は争う。
4 同4の各事実中、債務者は、従業員に対し、毎月月末締めの翌月一五日払で給与の支払いをしていること及び債権者に支払った給与額は認める。その余は否認乃至争う。
5 債権者に妻及び子供があることは認める。その余は不知乃至争う。
第三証拠(略)
理由
一 申請の理由1の各事実、同2の(一)の事実中債務者が債権者に対し、昭和六三年四月一八日付で解雇の意思表示を行なったこと、同2の(二)の事実中債権者ら両名が債務者内に組織されている全日本運輸一般労働組合筑後地域支部善導寺分会の組合員であること、債権者緒方は会計、水永は執行委員の地位にあること、昭和六三年三月一〇日に、債務者は右労働組合分会長である佐藤吉信に対し、解雇通告を行なったこと、同人がこれに対し、当庁宛地位保全の仮処分申請をなしたこと及び債務者が本年四月一六日に右解雇を撤回したこと、同2の(三)の事実中本件解雇通告の前日である昭和六三年四月一七日、債権者ら両名は債務者より、久留米市農協合川集荷所でトマトを積み込んで、大阪の市場に輸送せよとの指示を受けたこと、同人等は、同日右集荷所で輸送用トラックにダンボール箱入のトマトを積み込む作業に着手したこと、トマトを積み込む場合には、何段も重ねるとトマトが傷むので、トマトの入ったダンボール箱を三箱づつ梱包したものを三段重ねた上に、ベニヤ板を敷かなければならないこと、債務者が従業員に対し、商品は大切に管理せよと日常指導していること、ベニヤ板は債務者で用意し、継続的な取引のある集荷先には債務者のベニヤ板を置かしてもらっていること、同日債務者会社代表者が右集荷所に行き、債権者ら両名を叱ったこと、その後、債務者事務所に於いて、同人等に、退職するか解雇されるかの選択をして翌日保険証を持ってくるように求めたこと、翌日債務者は債権者ら両名に、「会社の信用、体面を著しく失墜させた」ことを理由に解雇する旨通告したこと、その際、解雇予告手当として、債権者緒方に金二五万六六二〇円、水永に金二〇万八五〇〇円を交付したこと及び右各金員をその後債権者ら両名の各銀行口座に振り込んだものであることはいずれも当事者間に争いがない。
二 右当事者間に争いがない事実、(疏明略)によれば以下の事実が一応認められる。
1 債権者は昭和六三年四月一七日、債務者会社より水永剛と二人で、合川集荷所でトマトを集荷した上、大阪市場に出荷するようとの業務指示を受け、一〇トン車で、午後三時四〇分頃右集荷所に到着した。
一方久保田信介も右同日債務者会社より、合川集荷所でトマトを集荷し、井上昭徳と合流して、大阪市場に出荷するようとの業務指示を受けたため四トン車を運転して債権者らと共に右同時刻に合川集荷所に到着した。
合川集荷所到着後、まず右久保田車にトマトを積み込み始め、債権者らも手伝った。右積み込み作業は久留米市農協の疏菜課課長補佐兼第一品目担当係長の宮崎威がフォークリフトでトマトの詰められた段ボールを車両に運び込んでなされた。久保田は前記四トン車に容量四キロ入りのトマトケース三六〇個を積み込んだ。右積み込みは五段重ねで三段目にベニヤ板は使用していなかったが、宮崎は右事実は知らず、トマトを積み込む場合には何段も重ねるとトマトが傷むのでトマトの入った段ボール箱を三箱づつ梱包したものを三段重ねた上にベニヤ板を敷くよう従前から債務者会社に頼んでいたので(三段重ねた上にベニヤ板を敷いてトマトを運送する方法は昭和五八年頃輸送中のトマトがつぶれる事故が起きた際、これを防ぐ為に宮崎らが中心となって考案した方法であり、その頃各運送会社にトマト輸送の際は右方法によるよう申し入れていた。しかし右方法は徹底して実行されていたわけではなく、久保田らは箱の重ね方によっては必ずしも三段目にベニヤ板を敷く必要はないと考えており、他にこのように考えている債務者会社の運転手もいた。宮崎自身右方法が励行されているかどうか厳重に監督していたわけではなく、普通の場合運転手を信頼して積み方については充分目を行き届かせてはいなかった。又、稀には一部ベニヤ板がなかった場合替りに段ボール片などを敷いてトマトを積み込んだりしたこともあったが宮崎がベニヤ板なしでの積み込みを許容していたことはなかった。)当然三段目にベニヤ板を敷いてトマトの段ボール箱を積み込んでいるものと考えていた。
2 債権者と水永は久保田車が午後四時一〇分頃出発した後午後五時頃から一〇トン車にトマトを積み込むことになり、両名は宮崎がフォークリフトで運んで来て荷台に置いたトマト箱をパレットから降ろし積み込みを始めた。当初宮崎は債権者らもベニヤ板を積んで来ているものと思っていたが、その作業状況を見ている内に三段目にベニヤ板を敷きながら作業しているのではないような気がしたのでフォークリフトからトラックの荷台の方へ向って「ベニヤ板を敷いて積んでくれよりますね。」と声をかけたところ、中の二人は荷台の後まで来て、債権者が「ベニヤ板は持って来ていないけん、敷くならそちらで準備してもらわんと。」と答えた。ベニヤ板を用意するのは債務者会社の責任となっていたので(ベニヤ板は運転手が債務者会社を出発する時積んでいくのが普通であったが、残った場合は各集荷所に置かれている場合もあった。ベニヤ板を持っていかないで、集荷所にもベニヤ板が置かれていなかった場合大橋集荷所では運転手が農協の職員に頼んで債務者会社に電話してもらい、持って来てもらうこともあった。又、前記1認定のとおり三段目にベニヤ板を敷く方法が徹底していなかった関係もあり、ベニヤ板を積まないで合川集荷所に行く運転手もいたが、いずれにしろベニヤ板を準備するのは債務者会社の責任となっていた。)宮崎は「あんた方プロじゃろうもん、商品預ってゆくんならその気持になってちゃんと傷まんよう運ぶんが当然じゃろう。」と注意した。すると債権者は逆に「そんな言い方は何な。」と喰ってかかった。宮崎はこれ以上注意するとけんかになると思い、それ以上は言わず「ベニヤ板を敷かないなら積まんでも良い。」と言い置いて集荷所奥にある事務所に行き、そして債務者会社へ電話を入れて「お宅の社員は、ベニヤ板を持ってこんでトマトを積みよるがどういうことね、私が注意したら私に喰ってかかってきたけどどういう社員教育をしよるんね。こげなことでは今後の取引は考えさせてもらわなならん。」と言った。この電話を受けた債務者会社の古賀専務は「誠に申訳ありません。ともかくすぐ社員にベニヤ板を持たせて行かせますから。」と答え、二〇分位後にベニヤ板を持参させた。そしてベニヤ板を使ってトマトの積み込みを終え債権者らに替って広田が一〇トン車を運転して大阪へ出発した。
3 その後古賀専務から連絡を受けた債務者会社の社長の古賀大は合川集荷所の事務所に事情を聞くと同時に謝りに行った。宮崎から右事情を聞いた古賀社長は債権者両名を事務所へ呼んで厳しく叱ったが、債権者らはベニヤ板を職員の人に捜してもらっていたとかベニヤ板なしでトマトを積んで走れと言った宮崎に非がある等の弁解もせず、最後に「すみませんでした。」と謝った。
4 翌四月一八日債務者会社の運行管理部長木藪豪市は、債権者らに対し、自主退職するのか、解雇されることを選ぶのかを聞いたところ、債権者らは、解雇してくれと答えた。そこで同部長は、就業規則第三八条四号の規定による解雇予告手当を支払うことを告げたが、債権者らは「銀行に振り込んでくれ。」といって受け取ろうとしないため、同部長は「賃金ではなく予告手当なので銀行振り込みにはできない。」と告げ、受領を求めたところ、債権者らはこれを受領し、金額と「解雇予告手当」と書いた領収書を同部長に交付して一旦は退社した。
その後、債権者らは、会社事務所に戻り、その金員を会社に返すことを申し出たが、右部長が一度渡したものは受け取れないと断わったところその金員を同部長の机上に置いて帰った。同部長は債権者等は、解雇予告手当の受領を認めたものと考えたが、これを受領するわけにはいかないと考えて、右各金員をその後債権者ら両名の各銀行口座に振り込んだ。
右認定に反する(疏明略)中の記載部分、証人宮崎威の証言部分、債権者本人尋問の結果部分は前掲証拠に照らし採用し難い。
証人宮崎は四月一七日に午前中一台、午後五時頃一台トラックが来たこと、又法廷において久保田を指示されて記憶がない旨の証言をしているが、前記認定のとおり四月一七日午後三時四〇分頃久保田の運転する車と債権者らの運転する車が一緒に来て、債権者らが久保田のトマト積み込みを手伝った事実は明らかであるが、しかし証人宮崎がベニヤ板なしの久保田の積み込みの事実を穏すために虚偽の証言をしたとは認められない。久保田のトマトの積み込み作業は何ら問題なく普通どおり行なわれたのであるから特別に記憶に残らない可能性は大きいのであってその時間的記憶が誤っていたとしても不思議ではなく又合川集荷所に出入りする多数の運転手の中で一年の内に四~五回しか積み込みに来ない運転手久保田の顔を法廷で証言中に見せられて思い出さなかった点も不自然ではない。
債権者は本件ベニヤ板を巡る紛争について最終的には以下のとおり主張、供述している。
1 債権者や水永は、トマト輸送の場合には三段目毎にベニヤ板を敷くのが常であり、そうすべきものと考えていたが、久保田らは箱の重ね方によっては必ずしもベニヤ板を使用する必要はないとの認識でいたもので、久保田は債権者の先輩であり、輸送の経験も債権者より長く、債権者は、ベニヤ板なしで積み込んでいた久保田にベニヤ板使用をあえて提言しなかった。久保田はトマトの積み込みを終え、午後四時一〇分頃、合川集荷所を出発した。
2 債権者と水永はその後一〇トン車にトマトを積み込むことになったが、積荷が五段位になると職員の原に言われたのでベニヤ板を使用しなければと思い、ベニヤ板がいつも保管されている場所にないため、宮崎と共に積み込み作業に従事していた農協職員の原に対し、「ベニヤ板がないか」と尋ね、自らも二~三分捜したが見つからなかった。そしてベニヤ板の存否が分からぬうちに宮崎がフォークリフトでトマトを運び込み出したので債権者と水永は改めて宮崎に対し「ベニヤ板はないですか。」と尋ねた。ところが宮崎は返答せずに又次のパレットを取りに行った。そして再度債権者らは「ベニヤ板はないですか」と尋ねたところ宮崎は「ベニヤ板はない。そっちで持って来てないのか。」と言ったので債権者らは「いや今捜してもらってます。」と答えた。それに対し宮崎は「あなたたちはプロでしょうが、プロだからベニヤ板がなくても六段位積んで走れるでしょう。」と少し怒った感じで言ったので、債権者が「そんな言い方はないでしょう。」と言ったところ宮崎は「もう積まなくて良い。」と言って事務所の方へ行った。
債権者らはトマト輸送の場合には三段目毎にベニヤ板を敷くのが常であり、そうすべきものと考えていたのに久保田に対し、ベニヤ板の使用をあえて提言しなかった点は幾分不自然ではあるが、しかし了解不可能なことではない。しかし債権者らがベニヤ板がいつも保管されている場所にないため、農協職員の原に対し「ベニヤ板がないか」と尋ね自らも二~三分捜した点については信用し難い。この点については債権者らの陳述書(<疏明略>)には何ら触れられておらず、債権者の審尋の際の弁解(ベニヤ板がいつも置いてある所になかったので農協の若い人に私が「ベニヤ板はありますか。」と尋ねたら農協の人から「五段だからよい」と言われたが、最後になってそれ以上の段に荷物が増えたりするといけないので「一応ベニヤ板をください」と言ったら「ないね。」と返事してから「ちょっと待って。」と言ってその若い人が捜しに行った旨弁解している)とも微妙に異なっており、又前記認定のとおりベニヤ板を準備するのは債務者会社の責任になっていたのに職員の原が捜しに行ったというのも首肯し難い。積み込みに必要な三〇枚程度のベニヤ板を農協独自ですぐに準備できる保証はないので通常ならこのような場合大橋集荷所でなされたように農協の職員が債務者会社へその時点で連絡するものと思料される。又債権者は原からの連絡が無く、宮崎がフォークリフトでトマトを運び込み出したので債権者と水永は改めて宮崎に対し、「ベニヤ板はないですか。」と尋ねたと供述する。しかし原に対しベニヤを捜してもらっているのであれば、「ベニヤ板を捜してもらってるがどうなっているか。」と尋ねるのが普通であって、再度「ベニヤ板はないですか」と尋ねたというのも不自然である。又宮崎が「あなた達はプロでしょうが、プロだからベニヤ板がなくても六段位積んで走れるでしょう。」と怒った調子で言った点についても信用し難い。前記認定のとおりそもそも三段目にベニヤ板を敷いてトマトを積み込む方法は昭和五八年に運送中のトマトがつぶれる事故が発生し、その予防の為に宮崎らが中心になって考案した方法であり、右創案者である宮崎が右のような発言をすることは到底信じられない。又債権者の主張、供述のとおりであれば宮崎は債権者の「そんな言い方はないでしょう。」という言い方に対して立腹したことになるが、このようなことでわざわざ債務者会社へ抗議の電話をかけることは考えられないし又前記認定のとおり宮崎は債務者会社に対し、債権者らがベニヤ板を持って来ていないこと、宮崎に対し食ってかかったことの二点を抗議しているのである。さらに債権者の主張、供述のとおりであるとすれば、幾分感情的に発言した点はともかく、非はもっぱら宮崎の方にあるのは明らかであるからその旨の弁解を古賀社長や木藪運行管理部長にするのが当然と思われるが、前記認定のとおり、四月一七、一八日の両日とも債権者らは何ら紛争の経緯についての説明、弁解をしておらず、四月一八日には解雇予告手当と金額を書いた領収書を木藪部長に交付さえしている。以上の点を総合的に判断すれば前記のとおり認定するのが相当である。
三 以上の事実によれば、債権者はトマト積み込みに必要なベニヤ板を持たずに合川集荷所にトラックを運転して行き、しかも到着から積み込みまで約一時間余りの時間があったのにベニヤ板のないことを債務者会社に連絡もせず、そのままベニヤ板を三段目に敷かずにトマトを積み込み、これに対する宮崎の注意に対し「ベニヤ板は持って来ていないけん敷くならそちらで準備してもらわんと。」言い、さらに宮崎の注意に対し、「そんな言い方は何な。」等と喰ってかかったもので、右債権者の言動は積荷を安全、確実、丁寧かつ迅速に輸送するという運送会社の使命に反するものであり、このような言動を顧客の責任者に対してとったことは債務者会社の信用、体面を著るしく失墜させたものであって就業規則四〇条九号及び同一三号に該当するとせざるを得ない。前記認定の事情のもとでの債権者に対する解雇処分は酷ではないかとの疑問も生じないわけではないが、トラック輸送の業務における顧客の会社への信用は、個々の運転手の良好な業務遂行を通じて獲得されるところ、会社は運送中は各運転手の業務の遂行状況を直接監視できないため、会社と運転手との間に信頼関係があって初めて運転手にその業務を任せられるのであり、前記認定の解雇処分に至る事情のもとでは債務者会社の債権者に対する信頼は全く失なわれたものと思料されるのであって本件解雇処分はやむを得ないものとせざるを得ず、他に本件解雇処分が権利の濫用となる事情は認められない。
四 債権者は本件解雇は債権者が全日本運輸一般労働組合筑後地域支部善導寺運送分会の組合員(分会役員)であることの故をもっての解雇で不当労働行為による解雇で無効である旨主張するが、しかし本件解雇は前記二、三認定の理由によるもので債権者が右組合の組合員であることを嫌悪してなされたものではなく、他に債権者の右主張を一応認めるに足る的確な証拠はない。
五 以上の理由によれば債権者の本件申請は被保全権利の疏明がないことに帰するのでこれをいずれも却下することとし、申請費用について民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 有満俊昭)